海上都市と飛行船物語 地球は200億人分の幸せを用意している。

さりげなくタイトルが変わりました。 連載第5?

                                阿竹 克人

前号までのあらすじ、愛知県職員三田信子は太陽熱で浮上する飛行客船「飛鳥X」に乗って沖の鳥島市に着いた。「飛鳥X」は48時間で大阪、名古屋、東京の各都市から伊豆諸島、小笠原、沖ノ鳥島、大東島、沖縄を経て大阪に戻る「タイフーンクルーズ」と呼ばれる周回コースに就航している。沖ノ鳥島市は人口三万人の文字通りの意味で海に浮かぶ人工海上都市で、外観は環礁に囲まれた自然の島のように見える。そしてその礁湖はあふれる太陽エネルギーと海水からマグネシウムなどさまざまな資源を取り出す海洋コンビナートだった。信子は早朝の散歩で行った島の最頂部の公園で、同じ飛行船に密航してきた中国人留学生、阿多慶に出会うのだが。

 

第七章  多慶の一日目

 信子と別れた阿多慶はもらったIDカードを持って、おそるおそる公園から島の内部に通じるエントランスを通った。何も起きない。ほっとして振り返ると昨日の猫もいる。「おまえはIDカード要らないの?便利だね。」また抱き上げて歩き出す。

島の内部はは巨大な吹き抜けで、どこに照明器具があるのかよくわからなかったが、不思議と明るかった。見上げるとトップライトになった池の裏側が見える。これ以外にも通路や階段にはガラスブロックが埋まっている。よく見るといろんなところから太陽光線が入るようになっているようだ。木漏れ日のような光に満たされた巨大な内部空間の広がりはなんとなく空洞地球説を思わせる。はるかな下を見下ろすと公園や広場が多いものの、意外に普通の建築が建ち並んだ普通の町並みに見える部分も多い。学校らしきものも見える。

内部にも緩やかなスロープがあり、昨日空港で見たゴンドラが路面電車のようにスロープの横をゆっくり動いていく。まだ早朝だがぼちぼち通勤時間かもしれない。

 

 あのゴンドラにこのカードがあれば乗れるはずだ。どうすればいいのだろう。前から空のゴンドラがやってくるのでためしに手を上げてみる。止まらない。カードを出して振ってみる。止まらない。行き過ぎてしまうと思った瞬間、だれかが

「ちょっとまちゃー」と言った。

 ゴンドラはとまった。振り返るととめたのはオバサンだった。

「よそから来たお方だね。ホレレは言葉がわかるんだがね。・・・乗り方わかるかね。」

「あ多分大丈夫です。このカードをここにかざすんですよね、ホレレていうんすか。」

「ほーだよ。ホリゾンタルエレベータの略だがね。」

「この猫も大丈夫つすか」

「えーよ。ほんで、どこにいきたいの。」

「そーすっね、おすすめは?

「こいつに島案内させりゃええがね。聞きゃーどこでも行ってくれるでね。」

「じゃーそのまえにとりあえずコンビニに。」というと

「こんなかから選んでね。」と突然ホレレがしゃべるのでびっくりする。

見るとディスプレイ上の地図にコンビニが10軒ほど表示されている。点滅しているマーカはどうやら現在地らしい。

 とりあえず一番近そうなところを押して出ようとするとおばさんがにこやかに笑って

「今晩よかったらこやー、まけたるで」

といって「ホテルサンセット宿泊優待券」というのをわたされる。

 近くのコンビニで、ホレレと猫を待たせてとりあえずサンドイッチとコーラを買う。現金は一万円以下だったので心細かったが、レジでカードを出してといわれる。ここでカードといえばあのカードかと思って出すと、それでお金を払わなくて良いと言われる。狐につままれたような気がしたが、怪しまれてもいけないと思って何も聞かなかった。

ただレジ係の女性が変な顔をするので、レジを見ると10代女性というところにランプがついていた。

 ホレレの中でコーラを飲みながら考えた。

10代女性って何?・・これは元はといえば三田信子っていったっけ、彼女のIDカード。

「そうか、・・・あいつ、歳サバ読んで登録したんだ。」

「じゃ次どこに行こうかあ? 美術館なんかお勧めだよー。」

 そういえば、ホレレが多慶に話しかける言葉もなんとなくくすぐったい。

「名古屋弁しゃべるんとちゃうんかい。」と関西弁ですごむと黙ってしまった。

そのあと一日ホレレに人工島巡りをさせて、ケータイで写真を撮りまくった。ホレレはときどき相乗りになったけれど相手は女性が多かった、おばさんばかりだったが。

夜ようやくたどり着いたネットカフェでも、通されたブースの周りは女性が多い気がした。どうやらカードのご利益らしい。このカードを使えば朝のおばさんのホテルにもタダで泊まれそうな気がしたけれど、表示であやしまれそうなのでやめたのだ。

ネットでいろいろチェックする。今日取った画像を見てみる。上水場はよくわからなかったがあの山上公園の池だろう。ちょっと水量が少ない気もするが。さて寝るか。

島はせまいけどネットカフェのブースは東京より広かった。

 

 

 第八章 信子の一日目 

 

 信子はとりあえずホテルから出勤。ホレレで愛知県沖ノ鳥島市分庁に向かう。といっても沖ノ鳥島市役所の一角にとりあえず間借りをしているだけだ。市役所もこじんまりしている。島内部の下層階にあり内部の広場に面していて海は全く見えない。良い眺望の部分はそれを生かせるよう、優先的に住居や店舗になっているのだ。

                   沖ノ鳥島市役所?

前任者からの引継ぎはすでに本庁で済ませた。市役所の玄関では中村総務課長が待ち構えていた。愛知県では名古屋市は規模で県庁とタメを張っているが、それ以外の市町村は基本的に県に頭が上がらない。

 法令の関係で県の所轄事項になっているものがいろいろあり、県の出先機関も要るのだが、大半は本庁のコンピュータが自動的に処理してくれる。住民もわざわざ出先機関に出向かなくてもネット上で解決してしまうことが多い。信子はまあ、現地の状況を見た目で本庁に報告することと、苦情処理、あと公式行事に出たり、国や海外の自治体が来た際のお相手をするいわば雑用係りである。といっても本当に大事な用は本庁からもっと偉い人が飛んでくる。

 信子の仕事のひとつは県警や保健所との連絡であった。愛知県警沖ノ鳥島支所はコンパクトではあるがそれなりの体制をとっていた。といってもこの島ではこれまで交通事故はほとんどない。自動車が無いからだ。海の事故はたまにあるがそれは海上保安庁の管轄だ。

 強盗殺人などの凶悪犯も全くない。窃盗はあるが観光客がらみのものばかりだ。当然ながら暴力団もない。それ以外の業務といえば遺失物の監理とか、軽犯罪法違反程度のものである。

ときどき不審者の情報はあった。国際的に注目されているので、テロの警戒は怠らなかった。島内の人物は観光客を除いてほぼすべての情報が一元的に管理されている。

 

中村課長は五十がらみ。しげしげと信子を眺めて

「いやあプロフィールの写真よりずっとおきれいですなも。」という。セクハラオヤジだ。若い子に言われたらセクハラにならないのだが。あるいはせめてオヤジではなくオジサマと呼べる容貌であれば。しばらくご挨拶のあと。

「ところで、昨日不審者情報があったんでメールでお送りしといたんですが。みられんかったですか。なも。」

「ジャンクが多いんで見落としたかも知れんかなも。」信子の名古屋弁は変だ。

なんでも昨日島の警備員を振り切って逃げた男がいて、どうやら特徴から空港で道を尋ねた不審人物と同じらしい。そのシャメを見せられた。あいつ、阿多慶だ。今県警で画像をもとに犯罪者リストを検索しているという。

「一応ご連絡したまでですが、お気をつけて。なも。なんでもテロ情報もあるとかで。」

不審者。たしかに不審者には違いない。しかし着任早々うっかり不審者にIDカードを差し上げたなどと口が裂けてもいえない。

 

午前中は庁内の挨拶まわり。午後島の行政の出先機関をまわる。小さいのですぐ終わる。

 この沖ノ鳥島市はほとんど株式会社新島工業研究所の企業城下町というか、企業の所有物になっている。県の機関というのは出先の工業研究所くらいしかない。中村課長とまわったのは、下水処理場や廃棄物処理施設、あと小中学校の場所を聞いて外から見たくらい。島全体が高密度なので、小学校は2校だが中学は1校だけ。県立高校も1校ある。大学は私立。

島の中枢部分の多くは株式会社の私有地あつかいで、行政の職員といえども簡単には立ち入れないようだ。

今日は金曜。明日引越し荷物が官舎に届く、といってもたいした量ではない。そしたらホテルをチェックアウトして官舎に移る。引越し先も案内してもらったが、基本的にホテルの客室とよく似ている。設計者が同じCADデータを使いまわしたのだろう。ただ階数は低い。といっても20階くらい。

夕方県警に例の不審者のその後の情報提供を求める。少なくとも国際犯罪者データベースではヒットしないようだ。

 

 そして次の朝のチェックアウトで、身に覚えのない請求額が上がっていたわけだ。カードの返却を求められたので紛失したといって届けを出すことにした。被害額はまあ五千円くらいのものだが。

「あいつまだ島にいると思うんだけど。うーん、どうしよう。」

とりあえず県警に連絡を入れることにした信子であった。危うし阿多慶。

(次号に続く)