続・人類なおもて往生をとぐ        連載第10

                                阿竹 克人

前号までのあらすじ、愛知県職員三田信子は太陽熱で浮上する飛行客船「飛鳥X」に乗って沖の鳥島市に着いた。「飛鳥X」は48時間で大阪、名古屋、東京の各都市から伊豆諸島、小笠原、沖ノ鳥島、大東島、沖縄を経て大阪に戻る「タイフーンクルーズ」と呼ばれる周回コースに就航している。沖ノ鳥島市は人口三万人の文字通りの意味で海に浮かぶ人工海上都市で、外観は環礁に囲まれた自然の島のように見える。そしてその礁湖はあふれる太陽エネルギーと海水からマグネシウムなどさまざまな資源を取り出す海洋コンビナートだった。信子は水平にも動く超伝導エレベータ「ホレレ」に乗って島の高層階にあるホテルサンセットにつき、部屋から飛び立つ飛行船を見送った。

そのころ同じ飛行船の密航者、阿多慶は島に不法侵入しようとして、警備員に制止され逃げるのだが。

 

海上都市と飛行船物語 地球は200億人分の幸せを用意している。

 

第五章IDカード

 阿多慶は振り返らずに逃げた。海岸通りは買い物客や、観光客で混雑していた。何人かの人とぶつかりそうになる。荷物を落としそうになるおばさん。急ブレーキをかける自転車を避けて、階段を駆け上がる。昔映画で見たような、家並みの間を縫って坂を上ってゆく階段状の道だ。三階分ほど上がって振り返ると、海岸と夕暮れの街なみが見える。先ほどの警備員は、見当たらない。

 背後で何か気配がする。映画ではいつのまにか警備員が回りこんでいたりするのだが、と思いながら、振り返ると猫だった。近づくと逃げていく。また距離をおいてこちらを見ている。

 気にしないで階段を上ることにする。階段に面して多角柱状の家が建ち並んでいる。みんな海に面する庭があり、東屋やパーゴラのある家もある。カーテンから明かりが漏れている。

 ところどころに島の内部空間に通じていそうな通路もあったが、入るのはためらわれた。また急にドアが閉じるに決まっている。あの警備員はカードを見せろと言った。みんなが乗り物に乗り込む際にかざしていたカードだろう。あれはどうやらこの人工島都市の住民や正規の観光客が持っているIDカードのようなものらしい。多分あれが無いと中には入れないのだ、ちょっと面倒なことになってきた。

 しばらく急な階段状の道を上がると、5mくらいの幅のある斜路に出た。家の方は

六角柱なので境はぎざぎざになっているがスロープはなだらかだ。道に面して窓があり、たくさん花が飾られている。通行人はまばらだ。知らない人ばかりのはずだが、たまに挨拶をされる。ときおり自転車が下りて来る。

振り返ると先ほどの猫がいる。ポケットを探すと飛行船のバイキングでくすねたチーズがあった。しゃがんで、差し出すと恐る恐る近づいてくる。とっさに捕まえる。ちよっと抵抗したが、抱き上げるとおとなしくなる。猫でも抱いていたほうが住民っぽく見えるに違いない。お前名前はなんていうんだ。ミャー?、名古屋弁かて。まあミャーとしかいえないわな。

この道はどこに続くのだろう。まあどおにかなるさ。阿はまたゆっくり歩き始めた。

 

 第6章山上公園

 信子は夢を見た。長い夢だった。飛行船から降りようとするりだが、降り口がわからない。船内を探しまわっていると、後ろから呼び止める人がいる。それは良く知っている人のようだが、思い出せない。格好は飛行船のクルーのようだ。手を引いて降り口まで案内してくれる。無事下船してお礼を言おうとすると、もう消えている。

降りたところは広い湖だった。なぜかもう自転車に乗っている。その湖はとても浅い。まるで水溜りのような深さなのに、延々とどこまでも広がっている。水しぶきをたてて自転車で走るととても気持ちよい。遠くにバラ色に輝く山が見える。気がつくと、いっぱいいっしょに走る人がいる。みんな高校の同級生だ。そういえばこんな感じで自転車通学していた。さきほど手を引いてくれた人もいる。手を振っている。え、そうだったんだ。青木君。信子は少し胸がキュンとなる。

そこで目が覚めた。

 ここは・・・・、沖の鳥島市のホテルだ。時計を見る。まだ朝の5時前。起きてレースカーテンを開けると見渡す限り海が広がっている。うわー。と信子は小さく声をあげる。バルコニーに出てみると昨日の飛行船ステーションが見下ろせた。夕方の一便だけしかないのでまだ静まり返っている。ときおり海鳥の鳴き声がする。

 ひとわたり見渡すと、部屋に戻りテレビをつけた。大半のチャンネルは日本本土と変わらない。このテレビはネットにつながる。メールのチェックをする。なにやらいっぱいメールが来ている。ワーニングと書いてあるのもある。どうせよくあるウィルスのアラートくらいだろう。アラートを装ったウィルスというのもある。

 とりあえず朝のシャワーを浴びる。ナチュラルっぽい短パンとタンクトップに着替えて、フロントに行く。常夏というのは良い事だ。

朝飯前に少しお散歩をしよう。とりあえずあの山上公園。フロントで簡単な地図を渡される。ホテル前の屋内からホレレでも行けるのだが、外に出て歩きたい。

一旦ホテルの外部玄関から階段を下りるとゆるやかな斜路に出る。それをそのまま上がっていけば、この島で一番高い海抜150mの山上公園に出る。本当に一番高いのはその公園に立っている風力発電タワーで200mを超える。おもわず見上げてしまう。今日は風が無いので止まっている。

 公園の中央に池がある。池といっても水深は5センチくらいしかない。朝見た夢を思い出した。でもそんなに広くは無い。長さ40m15mくらいの楕円形、名古屋の栄にあるオアシス21を思い出す。覗き込むと水の揺らぎの下に広場が見える。下は100m以上もある吹き抜けになっている。ふとザディアフタートゥモローのワンシーンを思い出した。凍りついたニューヨーク近郊、雪原だと思っているとそれは大きなショッピングセンターの屋上で、そりが吹き抜けのトップライトを突き破ってしまう。

ちょっとこの上を自転車で走る気にはなれないなと思っていると、ねこがやってきた。まだ子猫のようだ。信子を見上げて、みゃーとなく。おーおー、ちゃんと公用語しゃべるんだ、えらいえらい。といって頭をなでるとおとなしくしている。そのまま抱き上げて歩く。池の端に東屋がある。人が寝ている。ねこは急に降りたがり、その人のところに走っていって上にちょこんと乗る。信子は覗き込む。どこかで見た顔だ。ほんとに池面でイケメンってか。昨日のオヤジギャグを口走る。

どこか夢に出てきた青木君ににているけど別人だ。そばに飛行船の中でしか出ないという缶ビールが転がっている。そうだ昨日飛行船の中で会った気がする。こいつもいっしょの飛行船で来たのだ。どういう出会いだったかよく思い出せない。

全然動かない。まさか死んでないよねー。でもどおやって確認したらいいんだろう。ドクタースランプのあられちゃんみたいに木の枝でつんつんとかするのだろうか。とりあえずこいつの写真をケイタイでとっちゃえー、ということで上からぱしゃっとやると。目が開いた。

あっとおどろく阿。きみは昨日バイキングのケーキとったやつ。そこで信子も思い出した。ベンチにならんで座りなおして、おしゃべりをする。イケメンとまでは行かないがブサメンではない。まんざらでもない信子であった。

中国から来た留学生で一人でぶらっと来たんだけど、IDカード落として中に入れなかったと言う。

ほんとう?なんかあやしいやつだな。でもカードならあたし二枚持ってるよ。ホテルでもらった観光客用のカードとこちらに着任するというので中村課長が郵送してきたやつ。観光客用のやつ君に上げるよ。これでしょう。というとそうそうこれこれという。ケーキのおわび。

いいとこだな、ずっとこんなとこに住めたらいいなと阿は言う。住んじゃいなよ。あたしこう見えても、実はこの島の行政官だから、君一人くらいなんとでもしてやるよ。と大見得を切る信子。新任だけどとりあえずこいつなら子分にできそうだ。ということでケータイの番号を交換して別れたのだった。

信子はまだこのときまだ自分のしたことに気づいてはいない。最初に気がついたのはホテルをチェックアウトするときだった。なにこの見に覚えの無い請求額は。そうかあIDカードにはこういう機能があったのね。

(以下、次号に続けようかどうしようかなー。)