続・人類なおもて往生をとぐ        連載第8回

                                阿竹 克人

海上都市構想

前号までのあらすじ、愛知県職員三田信子は太陽熱で浮上する飛行客船「飛鳥X」に乗って沖の鳥島に向かっていた。「飛鳥X」は48時間で大阪、名古屋、東京の各都市から伊豆諸島、小笠原、沖ノ鳥島、大東島、沖縄を経て大阪に戻る「タイフーンクルーズ」と呼ばれる周回コースに就航している。沖ノ鳥島市は人口三万人の文字通の意味で海に浮かぶ人工海上都市で、外観は環礁に囲まれた自然の島のように見える。そしてその礁湖には新しい水田ともいえる秘密が隠されていた。

海上都市と飛行船物語 地球は200億人分の幸せを用意している。 

       第二章 海洋コンビナート

新しい水田とは太陽光を使って水を酸素と水素に分解する基礎的な人工光合成の装置である。それが水面下10センチのところに潜んでいる。

この水田で作られるのは水素だけではない。海水にはナトリウム、マグネシウム、カルシウム、炭素、硫黄などほとんどの元素が含まれている。なんと金も溶けている。濃度は小さい。しかし海水の量は膨大である。エネルギーも豊富にある。太陽光は地上では一平米当たり1KWの出力がある。これまでの太陽電池は紫外線成分しか電気エネルギーに変換しないためにエネルギー効率が悪かったが、植物は可視光線を使って光合成を行っている。その仕組みが解明され海洋からさまざまな資源が文字通り無尽蔵に取り出せる可能性が出てきた。もちろん天然塩もとれることは言うまでもない。

この沖の鳥島市全体は実験的海洋コンビナートであり、研究開発都市なのである。国際的に多くの企業が参加していた。沖ノ鳥島市も自治体でありながら株式を公開しているひとつのベンチャー企業であった。こういった例が過去にもある。もともと大東島はサトウキビ生産の会社が所有していたし、沖の大東島はいまでも一企業の私有地である。かつて昭和初期には沖ノ鳥島ではない中の鳥島という幻の島を発見したという詐欺騒動もあった。絶海の孤島はお金になるのだ。

沖ノ鳥島市を立ち上げたのは愛知県に本社をおく株式会社 新島工業研究所 英語名NIMRA(NEW ISLAND MANUFACTUERING RESORCH ASSOCIATION)で、出資者には国や愛知県も名を連ねる第三セクターである。そのため沖ノ鳥島の自然の岩礁は東京都であるが沖ノ鳥島市は愛知県に属していた。今回派遣される三田は愛知県沖ノ鳥島支所のたったひとりの職員である。任期は2年の予定で、バカンス気分で行って来いといわれたが、左遷ではないと信じている。なれたら友達を呼んでわいわいやりたいと思っている。

 飛行船飛鳥]は着陸体制に入った。三百メートルの上空から発着場に向かってゆっくりと先端に錘のついた三本のワイヤが下りていく。地上ではそのワイヤを固定しウインチで巻き降ろす。まるで水上ステージのように島の北に浮かぶ飛行船ステーションに巨船は係留され乗客はタラップで地上に降り立った。フォークリフトが近づき乗客の荷物が降ろされる。小さなコンテナもいくつか見える。大型貨物は週一便のカーゴ飛行船で来るが、日々の日用品の多くは飛鳥で来る。飛鳥Xは島の暮らしを支える貨客船でもある。

 三田はトランクを受け取ると到着ロビーに出た。「ようこそ沖ノ鳥島市へ ホテルサンセット」という旗をもったおばさんが笑顔で待ち構えていた。

 

第三章 ホリゾンタルエレベータ

 おばさんは「あと二人おいでるでまっとってね」といった。みんなそろったところで「ようおいりゃーした。これからご案内しますで。まあエラかったでしょう。」とおばさんはだれかのトランクを持つわけでもなく、動く歩道に案内した。ここの公用語が名古屋弁だとは聞いていた。

動く歩道沿いには観覧車のかごのような丸い乗り物が数台並んでおり、中の一台のLEDが点滅していた。乗り込むとそこは対面座席でふたりの先客が居た。おばさんの顔見知りらしかった。おばさんはなにやらカードを読み取り機にかざした。すぐにドアがしまり乗り物は音もなく滑り出した。本土でも珍しくなくなったホリゾンタルエレベータ、通称ホレレである。全自動超伝導リニアで垂直から水平まで自由に動ける。最高速度は18Kmであるが分速にすれば300mでエレベータとしては最高速の部類である。一本のエレベータシャフトに何台も入るし、エレベータ同士の追い越しもできる。縦に丸い形状をしているのは超伝導リニアの駆動部分が真下から真上まで360度回転しても客席は常に水平を保つ機構のためである。

飛行船ターミナルを出る時はその駆動部分は下にあり、普通の車のようであったが軌道は途中でループを描き、ターミナルと街を結ぶブリッジ部分では懸架式のモノレールのようになっていた。そのまま二階の高さで海をわたり本島につくと建物の中に入っていった。二階の高さから見る景色はなんだか懐かしい気がする。魂が飛ぶ高さだからと聞いたことがある。

島は50階建てのひとつの巨大なドーム建築であり、ひとつの都市であり、船でもあった。ドームとなる外皮の部分は六角形を基本とした三層のメゾネット居住区で、柱状節理に見えたのはこれだった。その内側にはホレレの軌道を含む動線部分とアゴラと呼ばれる巨大な内部空間があり、運動公園になっている。ナイターテニスをしているのが見えた。

運動公園の上は広いトップライトになっている。飛行機から見えた大きな池は天水のため池になっているのだが底がガラス張りになっているようだ。山上公園の街灯が揺らいで見える。

ホレレの軌道は三層に一層の割合で回っていて、各戸の前でとまる。ドアツードアである。ホレレには人を運ぶ乗用タイプと、各戸に宅配便や水やエネルギーを供給するサービスタイプがある。人を乗せるタイプは6人相乗りが原則で、オンデマンドで最適経路を自分で判断して走る。直角に曲がるコーナーも多くそのたびに一度停止するので、最短経路が必ずしも最速経路ではない。最適経路とはもっともエネルギー消費の少なくなる経路らしい。

エネルギーもホレレで供給されると書いたが、主に水素をマグネシウム水素吸蔵合金の形で供給している。この水素を各戸の燃料電池に入れると電力を取り出すこともできる。この際熱も出るのでお湯をわかせる。LEDと蓄光照明が普及しているおり、気温は一年を通じて温暖であるため家庭のエネルギー消費量は非常に小さい。最大の電力消費はヘアドライヤーであるということだった。

飲料用や洗浄用の上水は清潔なタンクで供給される。トイレ用などの中水は各戸で天水を備蓄するシステムになっている。同じサービスホレレが廃棄物の回収も行う。このような各戸に備蓄のあるシステムは災害にも強い。サービスホレレは夜間を中心に活動する一種のロボットであった。サービスタイプの中には消防活動専用のものや救急タイプのものもあり、この島には自動車は一台もないということだった。島の一ヘクタールあたりの人口密度は400人と高密度であったが、これには自動車交通を一切排除したことが大きく貢献していた。普通の地上の都市は自動車を走らせるために存在しているようなものである。この島の最速の交通手段は実は自転車で内側にも外側にもスロープがある。

ホレレは途中で二人の乗客を降ろして島の北西最上層近くのホテルについた。島の北東側にも同じような100室規模のホテルがあり、こちらはホテルサンライズというらしい。ここは最近観光客にも人気だそうだ。

 おばさんの案内でフロントでかぎをもらい、とりあえずチェックイン。「ごゆっくり」と言う声に送られてホテル内の専用ホレレに乗り込むと自動的に部屋の前でとまる。部屋は48階で窓の外には見渡す限り夜の海がひろがっていた。ちょうど時間調整を終えた飛鳥]が赤くライトアップされてゆっくり浮上するのが見える。泊まっているときでもてっぺんほとんど同じくらいの高さだったはずで、こうしてみるとこの島よりでかいのではないかと思うくらいである。ステーションからのライトアップには夜間の浮上のための遠赤外線照射が含まれている。

 飛鳥]はかすかな風切音を残して西の空に消えていった。

 

次号に続く